暇な爺 旅の記録

■ 平成19年5月 馬籠宿から岐阜

都道府県単位では、ほとんどの地を訪れている。しかし、日程の関係で単に通過するだけの場所や、何かのついでに立ち寄っただけという所も少なくない。今回は木曽路から犬山・美濃を目指した。犬山市は先の全国学力調査を拒否した市、美濃市は「うだつの上がる町並み」がある。長良川の鵜飼は、過去に観光を予定していたが行くことが叶わなかった。

旧中山道

馬籠宿
中央自動車道で中津川ICに向かう。久しぶりの長野回りで名古屋方面に行くが、東名に比べると通行量が少ない印象を受ける。途中、諏訪湖に立ち寄り休憩。中津川ICで降り、木曾方面に15分位走ると馬籠宿に到着。
馬籠宿は、中山道69宿の中で43番目、木曾には11の宿がある。江戸から約330Kmに位置している。600mの坂道の街道筋には当時の面影を偲ばせる旅籠が並び、水車小屋や芭蕉の句碑を観ることができる。島崎藤村の記念館や脇本陣資料館に立ち寄り、展望台からアルプスの山々が見渡せました。特に恵那山のビューポイント。

馬籠宿を後にして、一般道で恵那峡に向かう。恵那峡は、日本初の発電用ダムとして木曽川に建設された大井ダムの人造湖。恵那大橋の赤と周囲の緑が美しい。

多治見市〜岐阜市

虎渓山・永保寺
多治見市のホテルに一泊し、朝一番で虎渓山・永保寺に向かう。虎渓山には幾つかの寺があるが、その中で永保寺の開山堂と観音堂は国宝に指定されている。朝の静けさの中に広がる庭園の美しさは絶品。水面に映る太鼓橋や観音堂の色彩が、周囲の静けさに溶け込んでいる。
隣接する土岐市にある織部の里公園は、この地域が美濃焼の産地であり優れた技術があったことを伝えている。丘の斜面に保存されている「連房式登窯」は国指定の史跡となっている。

明治村は、大学時代に立ち寄ったことがある。ということを記憶しているだけだったので、記憶再生の意味もこめて訪れた。明治から大正時代に作られた歴史的建造物が四区画に分けられて点在している。建造物にゆかりのある方や愛好家などには貴重なものであろう。村内は広大な土地だけに歩いて回るには、若干の気合を必要とした。

犬山城・有楽苑
犬山市に向かう。犬山城は、国宝として現存する3城の一つ。さほど大きな城という感じは受けないが、天守閣から観る「木曽川」の流れを堪能できる。この城は平成16年まで個人所有になっていたそうです。
お城の近くには庭園「有楽苑」があり、この中に国宝茶室の如庵がある。これが国宝かと思うのだが、私には国宝茶室の重みが理解できないのであろう。いささか興ざめしたことは否めない。犬山城の入り口にある「三光稲荷神社」にお参りし、岐阜市に向かう。

岐阜城・岐阜大仏
犬山市からさほど時間もかからず岐阜市に入る。とりあえず金華山を目指し、ロープーウェイで山頂にある岐阜城を見学する。岐阜城は織田信長が天下統一を果たす拠点とした城。現在の城は昭和31年に復興された鉄筋コンクリート造り。4階の楼上(展望台)から、眼下に長良川の清流、遠くに伊吹の山並みを望むことができる。
岐阜公園は斉藤道三や信長の居館があった場所。金華山の自然に包まれた公園内には歴史博物館や美術館などもある。また、近くの西法寺には、日本三大仏の一つに数えられる岐阜大仏がある。
今夜は岐阜駅前のホテルに宿泊。

長良川・美濃市

長良川
ホテルから岐阜公園に向かい公園近くの公営駐車場に車を停める。昨日は駐車場に入るのに時間がかかり、長良川周辺を観ることはできなかった。長良川のたもとには鵜飼をイメージしたモニュメントが設置されているが、雰囲気のある川灯台の情緒を味わいたい。

川原町と呼ばれる格子戸のある古い町並みがあるが、このあたりが昔、長良川の水運を利用した川港として栄えていた当時を偲ばせる。長良川橋を渡り川沿いの道を路地に入っていくと、そこは鵜飼に関わる人たちが住んでいる一角。鵜や鵜飼に使う道具などが庭先に見えた。

美濃市
美濃市を訪れるのはうだつを観るため。美濃和紙の生産が盛んだった頃、この周辺は大きな商家が林立していた。屋根の両端にある隣家からの火を防ぐ防火壁(うだつ)が高いほど、商いが上手くいっていることを表しているとのこと。そこからうだつが上がるというようだ。市内には江戸時代から続く商家が並ぶ、「うだつの上がる町並み」が整備されている。

美濃和紙あかりアート博物館には、アート展での入賞作品など、幻想的なオブジェに出会うことができた。うだつの上がる町並みにともる和紙のあかりは、さぞかし神秘的だろうと思わせる。
名鉄の美濃駅、長良川にかかる日本最古のつり橋を観て今回の旅を終了。ここでも対岸に川灯台を観ることができた。