暇な爺 旅の記録

■ 平成25年 山陰地方を走る

現職を退いてから、ライフスタイルを「働き方」から「休み方」にシフトした。月に2度の4連休を常態化し、10月に7連休をとって60年に一度の遷宮が行われた出雲大社を目指した。新しい車の「86」で初めての遠出ともなった。
10月13日(日)の夜8時ころ東京を出発。久しぶりに東名高速を走るような気分であったが「86」の走りは快調そのものである。御殿場の先から分岐している新東名を選ぶ。まだ道路の舗装が荒れていないので、静かに走ることができる。三ケ日JCTから東名高速に、豊田JCTから伊勢湾岸道に入る。伊勢湾岸道は名古屋港の上に架かる4車線で、快適かつ見晴らしの良い道路である。名古屋港を渡り終わる所にある「湾岸長嶋SA」で今日の運転を終え仮眠をとった。

水木しげるロード

夜明け前に目を覚まし運転を始めた。途中の勝央SAで朝食を済ませ、中国自動車道の落合JCTから米子道に入り目的地の米子に向かった。当初は出雲大社に向かう予定であったが、この日に出雲駅伝が開催されるため、今日は出雲を避けて米子を観光することにした。

米子ICで降り431号線で水木しげるロードに向かう。水木しげるロードにはゲゲゲの鬼太郎をはじめとする妖怪のモチーフがたくさん配置されている。さっそくねずみ男が橋の欄干に寝そべっいた。タクシーの屋根のランプは目玉おやじと、妖怪神社など妖怪一色でもある。境港駅前も妖怪が多く生息し、妖怪列車が走っている。
水木しげるロードを抜けると水木しげる記念館があり、水木しげるの作品や世界各地で収集した妖怪物などの展示がある。出口近くにある木の上には「鬼太郎の家」があった。

水木しげるロードを楽しんだ後、境港に架かる境水道大橋を渡って松江市に入る。岬の先端にある美保関灯台を目指す。途中、えびす様の総本社である美保神社に立ち寄る。国の重要文化財で神門や拝殿が立派に見える。小さな漁港の狭い所にあるので、駐車場も近くの土産店の前に停めることになる。土産店の方が親切に車を案内してくれたこともあり、イカの姿焼をいただいた。道が狭く、ゆっくり走る車がほとんどで灯台までの短い距離も時間がかかった。「美保関灯台」は小さな灯台であったが、日本海の荒海と眼下の海岸線が見事であった。遠くには壱岐の島影を見ることができた。

次に、今回の目的のひとつである安来市の足立美術館に向かった。横山大観の作品を多く所有し、庭園も日本を代表する名園で来館者も多い。比較的近くから庭園を望むことができ、白砂の向こうに滝が2本ある。1本は日光の華厳の滝を模したもののようだ。耳を澄ますと、滝から落ちる水の音が聞こえた。横山大観などの作品は見ごたえがあり、十分に堪能することができた。妻が記念に大観のコピーを購入し、今日の宿泊地の松江に向かった。

チェックインを済ませ、ホテルの横にある神社にお参りをした。妻の記憶では、初めて宍道湖を訪れた際に泊まったホテルではないかとのことだった。記憶が定かではないが、妻が子どもを連れて灯篭流しを見に行ったのは覚えている。私は運転に疲れて横になっていたと思う。そんな思い出話をしながら宍道湖大橋を渡り、夕日が一番美しいポイントから夕日が沈むのを見入った。その後、市内の飲み屋で食事を済ませて宿に戻った。

出雲大社

拝殿
翌朝、食事を済ませ近くのスタンドで給油して出雲大社に向かった。経路は、まだ走ったことのない宍道湖の北を選択した。1時間程度で出雲大社の駐車場についた。前回の記憶もあり、妻も駐車場の場所を覚えていた。出雲大社の鳥居で写真を撮り、土産物を売っている人に昨日の混雑状況などを聞いた。ジャージ姿の人を多く見かけたが、昨日参加した選手や応援の人たちと思われた。
参道脇にある小さな社(祓社)にお参りし、出雲大社独自の4拍手を覚えた。鳥居から下る参道を進み銅鳥居の前にあるモニュメントを写し、手を清めて拝殿に向かった。拝殿では神妙にお参りをさせていただいた。
出雲の遷宮は伊勢神宮と異なり、修繕のためと考えたほうが分かりやすい。本殿の場所を移すのではなく、修理のためにご神体に一時避難してもらい、修理後に元の場所に戻るということのようである。きっかり60年ごとではなく、およそ60年位に修理をするようであった。屋根はきれいに拭きかえられていた。これからも他の社の修繕が進むようで、予定されている社の案内が出ていた。

鳥取砂丘

砂丘
台風26号を気にしながら、今日の目的地の鳥取砂丘を目指した。今日の午後から雨になるとの予報であった。山陰道は整備途中で、無料区間と有料区間が混在していた。以前にも走ったことのある道だったが、山陰道のおかげでずいぶんスピードアップした。
鳥取砂丘に近付くと雨の気配が増した。傘を持って砂丘に入ると、ちょうど良い湿り気で砂丘を歩きやすく感じた。夏には出ないオアシスが出ていたのはラッキーだった。ビデオを撮りながら「馬の背」と呼ばれる、砂丘の高い場所を目指した。
子どもが小さい時には、大きなデッキとカメラを持ち真夏の炎天下だったので、私は「馬の背」には向かわなかった。その時に比べ、ビデオは片手に収まり、歩きやすく絶好の砂丘巡りとなった。馬の背から日本海を見渡し、砂丘のだいご味を十分に味わった。砂丘を出て徒歩で砂の美術館に向かった。

砂の美術館には、ミャンマーをテーマにした砂の作品が壁の全面などに展示されている。正面のアンコールワットは、かなり精密に作られているように思われる。砂は特殊な加工をして、崩れにくいような工夫がされているとのこと。持っていた資料と展示品が異なるので聞いてみると、毎年1月から3月までの期間を閉館し、中の作品を作りかえるとのことであった。美術館の外にある展望所からは、砂丘が一望できる。雨が降り始め、気温も下がってきたので鳥取駅の近くにあるホテルに向かった。

天橋立に向かう

余部鉄橋
夜半、強い風の音で何度となく目が覚めた。外は風が強く、雨も降っていた。最悪、「天橋立」のホテルに行ければ良い程度の感覚でホテルを出た。砂丘近くの浦富海岸が風光明媚とのことで立ち寄ってみた。観光案内に載っている海岸の岩場までは道が険しく、折からの風雨で車から降りるのもためらわれた。写真を撮るにも風にあおられ、海は激しく波立っていた。風雨の中を178号線で天橋立てに向かった。途中、道の駅「あまりべ」に立ち寄った。
道の駅は余部鉄橋の下にあり、上を見上げると鉄橋が見える。昭和61年の列車転落事故を契機に、架け替えが行われ、平成22年8月に現在の余部橋梁が完成したとのこと。風雨が強く見学できなかったのが残念であった。記憶では、転落事故の後にの場所を通っている。

天橋立の近くの大内峠を走っていた。道が細く気を遣っていたが、途中に「一字観展望台」があり車を停めた。あいにくの天気であったが、宮津湾と阿蘇海を横一文字に区切る天橋立を望むことができた。また傘松公園、雪舟観展望所ともに天橋立三大景に数えられ、股のぞき発祥の地といわれているようだった。
天橋立に向かい、智恩寺にお参りしてから橋立を散策した。前回の訪問は暗くなってからで、少しばかり歩いたが真っ暗で何も分からなかった。今回は雨模様ではあるが、天橋立神社まで行くことができた。近くの土産物店で遅い食事をとり、展望台に向かうリフト乗り場の確認に向かった。風雨のため、リフトは動いていなかった。リフトの駅に行くとモノレールがあり、動いているとのことだった。
さっそくモノレールに乗り、天橋立ビューランドに向かった。橋立の南に位置する展望台である。上に着くと橋立を見ることができたが、天気が今一歩で気温が低く寒かった。それでも多少の天気の回復を期待しながら、数枚の写真を撮った。モノレールで下り、やや早い時間であったがホテルにチェックインした。ホテルの近くには飲食店などがなく、フロントで紹介してもらった。このホテルの隣には、「クワハウス岩滝」という施設があり、ホテルの利用者はここのお風呂を無料で使うことができる。歩いてクワハウスに出かけた。結構立派な施設で、お風呂なども充実していた。

成相寺の大展望台

昨夜の居酒屋で紹介してもらった、天橋立の北側にある傘松公園の近くにある籠(こも)神社眞名井神社にお参りし、そこから成相寺に向かった。かなり急坂の道を進むと、古い枯れた本堂があった。中には左甚五郎が彫った眞向の龍があり、鐘の鳴らない鐘楼などの伝説も伝わっていた。
境内からやや遠くに新しい五重塔があり、その方向に小高い山道を徒歩でしばらく登ると展望台があった。ここの展望台から見える天橋立も絶景であった。しかし、寺の駐車場からさらに車で坂道を登っていくと、広い駐車場と大展望台があり天橋立や若狭湾が一望できる。天橋立を見るならここからが最高であろう。何度か訪れた天橋立だが、ようやく念願の景色を見ることができた。来た甲斐があったと、つくずく思った。

伊根の舟屋
天橋立を後に、伊根の舟屋を目指した。丹後半島を海沿いに走っていると、所々で工事をしていた。昨日の台風の影響で道路が波をかぶり、道路に溜まった砂を除去しているとのことだった。
伊根に着くと、観光船が間もなく出るところだった。約30分のクルーズだが、穏やかな伊根湾を、海から舟屋が見えるコースを案内してくれた。舟屋ができた当時の船の大きさと今の船の大きさなどの関係から、必ずしも利用されているわけではないが貴重な文化遺産であろう。船を降りてから舟屋の街並みを見学した。ここも昨日の台風の影響で工事個所があり、一部しか見られなかったが雰囲気は感じることができた。
予定の見学を終え、昼過ぎに東京に帰ることにした。京都縦貫道で橋立から綾部、綾部からは一般道で丹波ICに向かう。大山崎JCTで京滋バイパスに入り、来た時と逆のコースで東京に向かった。午後8時ごろ東京インターを降り、9時ごろ家に着いた。今回の走行距離は1850Kmだったが、86の燃費がよく、高速ではリッター16Km程度走ってくれた。また、行く前は86のサスが固いので腰にくるかなと心配していたが、高速だとサスも適度に柔らかくストレスがなかった。十分、遠出にも対応できる車だと感じた。