コロナ給付金
2020.05.08
 コロナ感染症対策で、一人10万円が給付されることになった。練馬区の公報で、オンライン申請が昨日から可能ということで早速やってみた。マイナンバー・カード、カード・リーダーも所有しており、確定申告もオンラインでやっているので抵抗はなかった。
 預金通帳の口座番号などのページをスキャンしておき、マイナポータルをダウンロードしてインストールする。マイナポータルのサイトを開くと分かりやすいガイドで、必要な申請事項をインプットしていく。同一世帯は氏名を記入するだけでよいので、妻の申請も一緒にできた。最後に記入した銀行口座の預金通帳のコピーをアップして完了。
 この給付金の是非はいろいろあるが、外出もできず、飲みにも行けず、家の中で壁紙やふすまの張替えなどに時間を費やしている。そのことの対価だと思い、頂けるものは頂いておこうと申請を済ませた。

社会的距離・・・・?
2020.05.04
 近所の商業施設の入り口に、社会的距離を保つようにという注意書きがあった。私には、この社会的距離ということばが何を意味しているのか分からなかった。その社会的距離という言葉にはソーシャルディスタンスというカタカナ英語が添えられていた。
 コロナ関連で出てきたオーバーシュート、ロックダウン、クラスターなどのカタカナ英語は、私のような愚かな人間には全く意味不明であった。こんなに大変な時期に、なぜ一般国民に理解できる日本語を使わないのか、非常に腹立たしく思っている。ソーシャルディスタンスなどというカタカナ英語を日本語にするから、社会的距離などという訳の分からない日本語が作られてくる。
 人との距離を開けましょうではいけないのか。知識人とか専門家といわれる面々が、耳障りの良さそうな、本来の意味から外れた訳の分からないカタカナ英語を乱用しているとしか思えない。常々カタカナ英語を頻繁に使う輩を軽蔑している私には、国民の理解を得られない表現で、お願いなどという人を馬鹿にしている行為には虚しさしか残らない。
 ステイ・ホームなどのたわ言よりも、外出を控えてくださいという日本語や、そのことを受けた日本人の精神を理解しようとする気持ちを大切にしたい。
新聞広告
2020.05.01
 最近の新聞は、ページ数は多いが読むページは少なくなったような気がする。その原因は新聞広告の多さにあるようだ。新聞の1面全てをCMに使っていることも珍しくないし、時には見開き2ページを使っていることもある。
 我が家の購読紙は、今日は総ページ数28の内3ページが全面広告、二分の一広告が2ページ、三分の一広告が11ページ、四分の一広告が2ページ相当となっている。ほぼ毎日がこの程度の量で、ざっくり約三分の一の紙面が広告だ。
 30分のテレビ番組で10分間のCMが流れるようなことがあったら、そのチャンネルを見る人はいるのだろうかと考える。しかし、新聞では当然のように大量の広告が紙面を使っている。不必要なチラシも、ゴミの量を増やしていると思うのは私だけだろうか。
 昼間、インターネットで情報を得ているので、夕刊に至っては新聞を開くことも少ない。そして朝刊だけの契約はできない仕組みになっている。こんなことからも、新聞離れが進んでいるのかもしれない。そろそろ新聞は必要ないかと考え始めている。

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